タイトルを見て

「カウンセラーが何を言っているの!?」

と不思議に思うかもしれません。

でも、私は真面目に言っています。

「血のつながりがあるから親子」

それは生物学的・法律的な話です。

心を持っている人だからこそ

思い・気持ちという「心」のほうが

遥かに重要ではありませんか?

こんな記事を見つけました。

「施設」ではなく「家庭」で育てる 課題も…(Yahooニュース)

多くの里子を育てた大木さん夫妻のお話です。

日本には「特別養子縁組」という制度があります。

実親と法律的に「赤の他人」に出来る制度です。

でも、条件が厳しいことも事実です。

里子となるお子さん自身の問題もあります。

障害を抱えている事例も増えています。

でも、子どもが障害を抱えていても

支え続けることを選んだ親御さんも数多くいます。

その違いは何でしょうか?

覚悟があるからこそ「親」といえる

子育てというと

ご飯を食べさせる

社会的な躾をする

学校に慣れさせる

など「養育・教育」の面が強調されます。

でも、極端な話

親でなくても出来ることばかりです。

例えば

ご飯を食べさせるだけであれば

近所の食堂のおばちゃんに

お願いすることが出来るでしょう。

例えば

躾が必要であるならば

近所のおじいちゃん・おばあちゃんに

言ってもらったほうが有効かもしれません。

では、なぜ親の存在が必要なのか?

それは

子どもにとって

安心できる最後の砦が「親」だからです。

では、その「安心」はどこから来るのか?

普段の生活の中で

自分のためを思って叱る。

その瞬間は

表面的な意識としては

「何でそんなことを言うんだよ!」

「うるさい親だな!」

と子どもは思っているかもしれません。

でも

大人になって様々なことを経験すると

「あのとき親は自分のことを思ってくれていた」

と気づけるようになります。

気づけるようになったのは

突然の産物ではありません。

「子どもにとって危ないことだから叱る」

「心を鬼にしてでも叱る」

という親の「覚悟」が

言葉に乗って伝わり

心の片隅に刻まれているからこそ

気づく瞬間が訪れます。

子どもは親の「持ち物」ではない

「子どもがほしい」

電車の中で可愛い赤ちゃんを見かける

広告に使われている赤ちゃんの写真になごむ

きっかけは様々ですが

親になることへの関心が高まることがあります。

でも、それは

「可愛い赤ちゃんを持つ自分を褒めてほしい」

と思っているからではありませんか?

「あんた、何を言っているんだ!」

とお叱りを受けることも覚悟しています。

ミュンヒハウゼン症候群という病気があります。

自分あるいは近親者を病気に仕立てて

自分への関心を呼ぼうとする精神疾患です。

「病気に仕立てる」

という部分が異なるため

「問題がある」

とはみなされていません。

でも、赤ちゃんが成長して手が掛かるようになり

邪魔になって虐待をする

あるいは殺害してしまう

という事態になることも否定はできません。

必ず虐待や殺害に繋がるわけではありません。

とはいえ

「赤ちゃんを自分への関心を呼ぶ道具にする」

ことは問題です。

赤ちゃんを

自分の子どもとして

自分とは異なる人格を持った存在として

「覚悟」を持って見ていないからこそ

虐待や殺害という事態が起こるのではありませんか?

もちろん

親御さんの心に潜む問題について

向き合う必要もありますが

それは別の問題です。

自分以外の人を尊重できないのは

自分が尊重された経験がないからです。

親からまず与えられるべき

「一人の人間としての尊重」

を与えられていなからこそ

自分以外の人を尊重することの意味が

分からないまま成長してしまいます。

親としての「覚悟」

それを見せることができなければ

いくら血のつながりがあるとは言え

「親子」とは言えません。

あなたは親として

どのような形で

お子さんに「覚悟」を見せていますか?