「お金がほしい」

その願いを多くの人が持っています。

私だってお金はほしいですよ。衣・食・住を確保するためには一定程度のお金は必要ですし、やりたいことをするためにもお金が必要です。

しかし、昔からこんな言葉があります。

「お金は天下の回り物」

もともとは、江戸時代初期の井原西鶴が書いた「日本永代蔵」の一節です。「お金は必ず巡ってくるものだから、真面目に働きなさい」という意味で使われていたようです。

でも、それ以外にも意味があると私は思います。

物欲には限界がある

よくこんなことを言う人がいます。

「手に入れたいものの写真をボードに貼っておいて、毎日眺めるといいですよ!」

そして、その言葉を鵜呑みにして、ブランド物の服や高級腕時計、プール付きの豪邸の写真を貼って眺めるということをしている方も大勢います。

でも、ちょっと考えてみてほしいんです。

何百着ブランド物の服を持っていたとしても、1度に着ることができるのは1着です。

何十件も世界に豪邸を持っていても、1度に住むことができるのは1軒の家だけです

どんなにお金を持っていたとしても、地球上すべての土地を買うことは出来ません。

つまり、手に入れられるものには限界があります。

そして、ものに対してお金を使ってしまえば、そこからは何も生み出されません。ブランド物の服が新しい服を複製してくれるわけではありません。

服は、手仕事であろうが、機械を使おうが、結局は作る人がいなければ完成しません。

結局は「人」に還ってくるのです。

人の可能性、将来にお金を使う

商品やサービスを扱うとき、それ自体は「もの」でしかありません。

その後ろには必ず提供している「人」が存在しています。

例えば、服のデザインをして作ることができる、素晴らしい才能を持っている人がいるとします。

その人の商品を買うことも勿論大切です。売上がなければビジネスとして成り立たないのですから、「お得意様」になってあげることもいいでしょう。

しかし、それよりも、その人の才能を活かる場所を提供するためにお金を使ってあげたとしたら、どうでしょうか?

工房かもしれません。販売する店舗かもしれません。

そうした場所を確保するためにお金を出してあげる、たとえ全額ではなかったとしても。

お金を出してくれたことに対して、感謝されないということはありません。

「この恩はどんな形でも返していこう」

そう思うものです。

場所を持つことで才能を発揮することに集中できた結果、その人のビジネスが大きく飛躍したとしたら、感謝がどのような形で返ってくるのか想像もつきません。

お金が「天下を回る」というのは、こういうことを言うのではないでしょうか?

今お金が充分でないのに、誰かのためにお金を出してあげなさいというのではありません。

「生きたお金の使い方」を、普段から意識しておきましょうという、私からの提案です。