皆さんはご存知でしたか?

「189」という児童相談所全国共通ダイヤルを。

児童虐待 はじめての189通報とその後に起こること(Yahooニュース)

児童虐待に関する通報はこの「189」番を通して行うと、最寄りの児童相談所に繋がります。

近年増加の一途を辿っている「虐待」ですが、この問題の根深さは一言では表すことは難しい、とてもデリケートな問題でもあります。

躾と虐待の境界線はどこか?

なぜデリケートな問題なのか?

それは、「法は家庭に入らず」という大原則があるからです。

ちょっと難しい話になってしまいますが、刑法では、家族内で起こった犯罪を罰しない、あるいは罰するとしても軽いものにするという規定があります。

見ず知らずの人が、面識もない誰かを傷つけたり、物を盗んだりしたときは、いくら捕まった後に反省したとしても、周りから見たら本人が反省して更生したとみることはとても難しいものです。

だからこそ、刑務所に入るなどの罰を与えて規則正しい生活をさせることで、更生のきっかけを与えようとするのです。

では、虐待はどうでしょうか?

お子さんが泣き叫んでいるのを聞いた近所の人が警察に通報したとしても、親が「すみません、子供があまりにもぐずってしまうものですから」と謝ってしまえば、警察はどうすることもできません。

家庭の中の様子は、親族であったとしても具に観察することができません。

だからこそ、虐待であったとしても発見することが難しく、放置されているうちに子供が亡くなってしまうという悲劇が起こってしまいます。

後から分かったとしても、後の祭りです。

加害者である親も被害者だった

虐待というと、兎角子どもの親御さんが一方的に悪いかのような報道がされることがあります。

もちろん、自分の子供を傷つけてしまったことは大いに反省すべきですし、刑罰に値するのであれば償わなければなりません。

しかし、ここで忘れてはならないことがあります。

それは「親もまた子どもの頃被害者であった」ということです。

すべての事例に当てはまるわけではありませんが、高い確率で、虐待をしている親も幼少期に虐待を受けていた経験を持っています。

それは、直接的な暴力だけではなく、親から世話をされなかった、いわゆるネグレクトも含みます。

親からの愛情を受けたことの乏しい人が、いざ親になったとき、愛情の与え方が分かりません。

彼ら彼女らが親から学んだ愛情の示し方は、「虐待すること」あるいは「無視すること」です。

それを素直に実行してしまいます。もちろん、本人はそんなことを意識してはいません。

大切なのは、加害者となった者を一方的に非難し罰するのではなく、加害者を作ってしまう心のメカニズムに焦点を当てることではないでしょうか。

そこを見つめてはじめて、改善の余地が出てくるのです。

[button color=”#32cd32″ title=”カウンセリング予約” icon=”icon-finger-point” size=”big” url=”http://the-card.jp/resevation/” class=”pd100px”]