「お金の『定義』ってどういうこと?」

と思われた方もいるかもしれません。

普通であれば

『イメージ』

と言うのかもしれません。

しかし

私は

「現実的であること」

そして

「言葉」

を大切にしていることは

以前から申し上げてきました。

イメージも

最終的には無意識的に

「言葉」へ変換されて

理解されていることを考えると

「定義」としたほうが適切です。

お金とは

物の価値を

数字で表すことで

同じ価値であることを

一目で理解することができるよう

国が定めたものです。

その国その国で

使っているお金が違う場合

価値を

統一する必要があります。

為替とは

価値のすり合わせです。

日常に置き換えれば

私たちは

お金に対する「定義づけ」

をしているはずなのに

その「定義」について

定義している事自体

ほとんど気づいていません。

私が持っていた「定義」

私は幼い頃に

父親がお金の問題で

母親を困らせている場面を

何度も見てきました。

「困らせている」

というと聞こえがいいですが

実際は

「修羅場」という言葉では

片づけられない事態に

なったことも何度かあります。

今では

父親が

なぜ問題を起こしてしまうのかを

自分なりに

理解できるようになりました。

とはいえ

当時は

怖く寂しい思いを

随分したものです。

そんな経験をしてきた私が

以前に持っていたお金の定義は

「大切な人を悲しませたり

苦しませたりしてしまうもの」

「あってもなくても

悩みの種になってしまうもの」

「困らない程度にあれば

何とかやっていけるもの」

というものでした。

つまり

「お金は

どのみち自分や家族を

苦しめるもの」

という「定義づけ」が

なされていました。

お金を得たことで

お金を使ったことで

自分自身の糧になる経験を

していなかったからです。

日本人には

「お金のことを話すことはしない」

という隠れたルールが

未だに根強く残っています。

あなたも

小さい頃に親から

「子どもがお金のことを

気にするものじゃありません!」

と叱られたことがあるはずです。

最近では

日本人にも

「投資をして将来に備える」

という考え方が

少しずつ浸透し始めました。

しかし

10年、15年ほど前までは

「貯金することが美徳」

という考え方が

根強く残っていたことも事実です。

それほど

お金に対する考え方を

変えていくことは難しいものです。

定義づけを変えるのは出来事ではない

私は幼い頃に

様々な経験をしてきました。

そのために

お金に対する定義を

ある意味歪めてしまっていた

ということができます。

しかし

自分自身と向き合い始めてから

お金の定義が

全く異なる人たちに

出会っていくようになります。

彼らの考えていることは

「いかにお金を

自分自身の糧になるように

動かし使っていくか」

「将来を見据えた

お金の使い方を常に意識する」

ということでした。

彼らは

お金持ちというわけではありません。

逆に忙しすぎて

自分のプライベートのために

使う時間もかなり限られています。

「ビンボーなんですよ」

と口々に言いますが

彼らがいかに充実した毎日を

送っているのかは

その雰囲気だけで分かってしまいます。

彼らと接しているうちに

自然と変わっていったのです。

お金に対する定義も。

過去の体験・経験は

決して変えることはできません。

その体験からの

「定義」を

今も持ちづつけることを

選んでいるのは

他ならぬ私たちです。

「定義」を選び直すことは

いつでもできるのです。

時代が変わっていけば

お金だけでなく

様々なことの「定義」も

変わっていきます。

成功してきたからといって

それまでの「定義」に

縛られてしまうと

あっという間に

時代に取り残されてしまいます。

あなたの中にある

「定義」を

もう一度

見つめ直してみましょう。