私たちは、容易に「依存」に陥りやすいと言えます。

男女関係でも親子関係でもそうです。

一番分かりやすい例で言いましょう。

アイドルを追いかけるのは一種の「疑似恋愛」です。

でも、それは、現実では決して叶うことはないと思いこんでいることの裏返しです。

つまり、男として、女としてもそうですが、人として自信を失っているからです。

もっと言えば、自分自身の存在意義を見出だせていないからです。

「依存」になってしまうと

こう言うと、おそらく

「別に依存しているわけではないでしょ!」

「ただ好きで追いかけているんだから、いいことなんじゃないの?」

とあなたは思われるかもしれませんが、全く違います。

先の例で説明しましょう。

ファンが、アイドル本人に直接コンタクトを取ることはできますか?

決してできませんよね。

すべてアイドル側が設定したルール・日時・場所に従わざるを得ません。

従わせようとすると何が起きるか。

会場の爆破予告や、メンバーへの殺傷事件を起こしてしまいます。

近年、そんな事件があったことに心当たりはありませんか?

つまり、最終的には暴力や威迫で相手をコントロールしようとします。

こんな場面を小説やドラマで見たことはありませんか?

「私を捨てるなら、あなたを殺して私も死ぬ」

これは典型的な「依存」状態です。

「自己肯定感」なんて表面的なことではない

依存をテーマにすると、こういうことを言う人もいます

「それって、『自己肯定感』が低いからなるんでしょ?」

はっきり言って、「自己肯定感」なんて生ぬるいことではありません。

「依存」とは、程度の差こそあれ

「相手の存在 = 自分自身の存在価値」

つまり、自分の人生を相手の存在に賭けてしまっているのです。

自分自身は「0(ゼロ)」

相手と自分との境界線が、ほとんど無くなっている状態です。

だから、相手の言動をチェックせずにはいられないのです。

だから、少しでも自分の思惑と外れるとヒステリックになるのです。

これでも「自己肯定感」の問題と言えますか?

私が「生ぬるい」というのも、少しはお分かりいただけると思います。

自分自身に存在価値を認めていない、「0(ゼロ)」の状態です。

そこから「1」を作り上げることは、容易なことではありません。

アイドルに依存しているのは、まだ可愛い方です。

深刻な「依存」状態にある人は、一体何人いるのでしょうか?

自分自身と向き合うことを普段からしていれば、避けることができたかもしれません。

そう思うと残念でなりません。