今世間を騒がせている船越英一郎さんと松居一代さんの離婚問題。

誰もがこう思うかもしれません。

「松居さん、どうかしちゃったんじゃないの?」

「自分で動画まで配信して、何を思ってるんだろう?」

そのように不思議に思うのも無理はありません。

自分の主張をそこまで強調してしまうのは、日本人の感覚として理解に苦しむことは想像に難くありません。

ですが、こうした心理状態はいつでも起こりうることなのです。

分かっているけれど認めたくない

「私は何も悪くないし、私の言い分が正しいはず!」

事の表側だけ見ると、自分以外の人に責任転嫁をしているようにしか聞こえません。

「あなたの言い分もわかるけど、常識的に考えたら自分のしていることがおかしいって気づくはず」

誰もがそう思ってしまいます。

でも、そこで一度立ち止まって考えてみてください。

なぜ、そこまで「自分は悪くない」と言い張り続けるのか。

とてもシンプルなことです。

それは、自分の過ちを認めるのが怖いからです。

「ごめんなさい」が言えないからです。

私たちは大人になるにつれて、自分の過ちを認めることが難しくなっていきます。いわゆる「自尊心」や「プライド」と言われるものです。

それがプラスに働けば、向上心やモチベーションといったものにつながりますが、マイナスに働いた場合は自己防衛に走ってしまいます。

ただ、「怖れ」が原因だということで納得できない人もいるでしょう。

とはいえ、そこまで自己防衛に向かってしまうのは、単なる「怖れ」だけでは説明がつきません。

強く見える人の精神ほど繊細で脆い

私たちの周りでもいるはずです。

「とても強くて、あの人には太刀打ちできない」

という人が。

それは、体の大きさや筋肉の付き方という外見だけのものではなく、強気で弱みを見せることなど想像もできないということも含まれます。

でも、よく考えてみてほしいのです。

なぜ、そこまで体を大きくし筋肉を鎧のようにつけ、あるいは人に対して上から目線の言葉づかいをしなければならないのか。

それは、本当の自分自身を見せてしまうと自分で無くなってしまうと思うほど、自分自身のことを認められないからです。

認めるというは、単にポジティブになれとか、そういう話ではありません。

「判断」を捨てるということです。

「評価」や「比較」と言い換えたほうが分かりやすいかもしれません。

判断をされることが分かっているから、自分を筋肉という鎧で覆い(人によっては脂肪の場合もあります)、強気な言葉づかいをし続ける。

つまり、常に神経を尖らせた状態にあるのです。

でも、「蟻の一穴」という言葉があるように、どんなに強固に見えるものにも必ず隙間ができる時は来ます。

その時、堰を切ったように変わってしまうのです。