「期待」

セルフ・セラピー・カードの5番目のカードにも「期待」が入っています。

それだけ自分以外の誰かに対しての「期待」というものを、私たちは持ってしまいます。

例えば、オリンピックやワールドカップなど、世界規模の大会になると

「今回の日本代表はメダル(活躍)が期待されます」

とテレビや雑誌がこぞって取り上げ、国民の中にもメダルを取る(活躍する)のが当然であるかのような雰囲気が生まれます。

日本では考えられない話ですが、海外では大舞台で失敗した選手がいた時は「戦犯」扱いされ、公の場に出られなくなることもあります。

それほど「期待」というものは影響力のあることです。

「期待」するのではなく「信頼」する

私たちは、みんな誰かに期待しています。

「いや別に、期待なんてしてないし(-_-)」

あなたがそう言ったとしても、本当は誰よりも期待しています。

では、なぜ期待していないようなフリをするかというと、過去に期待をして「裏切られ」、期待することをあきらめ信じなくなったからといえます。

私たちは、誰かを、一番身近にいる親や子どもである場合、余計に「期待」します。

しかし、期待が大きければ大きいほど裏切られた時は「怒り」を呼び、期待すること自体に対する「あきらめ」を生みます。

一番身近な誰かに「期待」してしまうのは

例えば、とても素敵な男性(女性)とお付き合いできたとしましょう。

あなたはこう思うことでしょう。

「こんな素敵な人とお付き合いできるのだから、幸せになれるはず!」

「この人なら、何を言わなくても分かってくれるはず」

お付き合いの始まったばかりのときは、特に相手に対する期待は強くなります。

大切なのはここからです。

なぜ、そのように相手に期待してしまうのでしょうか?

相手に期待すること自体は悪いことでも何でもありません。

しかし、その前にもっと期待すべき人がいるはずなのに、あなたは全くその人に対して期待していません。

その人は一体誰だと思いますか?

もしかしたら、全く思い浮かばないかもしれません。

「その人」とは、実はあなた自身のことです。

自分自身を信頼しなくなったのはいつから?

私たちは、成長する過程で様々な「壁」にぶつかります。

壁にぶつかるとき、私たちは「自信をなくした」といいます。

でも、おかしいとは思いませんか?

一体いつ「自信」というものを得ていたのでしょうか?

一方で、同じように壁にぶつかっても何とも思わず、立ち向かって前に進める人がいます。

違いって一体何だと思いますか?

その違いは、とてもシンプルなことです。

「わからない」なら「わからない」って言えばいいんです。

「できない」なら「できない」って言えばいいんです。

それを「弱み」だと思うのは、私たちの勝手な思い込みです。

素直に言えること、それが自分自身への「信頼」です。

「信頼」があるから自然体でいられる

自分自身に対する「信頼」がないとき、私たちは必死になります。

自分の「根っこ」がないことが分かっていますから、吹けば倒れることが分かっているからです。

そして、それを見抜かれたくないという「プライド」が出てきます。

そうすると、自分の外側に自分を守るための「よろい(鎧)」を求めるようになります。

カタチは人それぞれですが、よろいが分厚くなりすぎると自分自身が見えなくなってしまいます。

それでは、素のあなたを見せることが出来ず、行き詰まってしまうでしょう。

あなたは、いつまで「よろい(鎧)」を求め続けますか?