(※2018年3月5日更新)

今は聞かなくなった言葉の一つに「教育ママ」があります。

子どもを学習塾に通わせて勉強に集中させることで、レベルの高い学校へ進学させようと頑張っているお母さんのことを言います。

特に1970~80年代を中心に、よく聞かれた言葉です。

親自身に学歴に対する後悔があり、子供に経験してほしくないために厳しくする。

「私のように大人になってから困ることがないように」

という親御さんの愛の表れの一つであることは十分わかります。

しかし、時代は変わりました。

お子さんの数は年を追うごとにすくなるなる一方で、特に大学の数はものすごい勢いで増えました。

レベルさえ問わなければ、高校生や浪人生がすべて入学できてしまう数の大学があります。

そんな時代に生きているお子さんたちは、目標を見失いがちです。

何も期待しないのも形を変えた「期待」

良い学校に入っても将来が保証されるわけでもなく、移り変わりの激しい時代。

お子さんたちは「無気力」になってしまいます。

親御さんたちも、そんなお子さんを見て

「もうあの子には何か特別なことを期待しているわけではありません」

「ちゃんと生活していってくれさえすれば、それでいいです」

と思うようになっています。

バブル景気が終わり、失われた20年が過ぎて社会全体が明るさを失っている中、いくら頑張ったところで結果が出るのかわからない。

結果を出そうとすれば、周囲からの冷ややかな目が注がれる。

「今を楽しく過ごせればいい」

そんな雰囲気が社会を覆うようになっていきました。

「何も期待しない」

一見、「期待」とは正反対のように思われるかもしれません。

しかし、「期待しない」ことも形を変えた「期待」であることに気づいているでしょうか?

つまり、こう言いかえることができます。

「何も期待できないことに期待する」

単なる言葉遊びではありません。

「自分からは変わらないことにエネルギーのすべてをかけている状態」

と言えばお分かりいただけるでしょうか。

例えば、あなたが車を運転しているとして、目的地に向かってアクセルを踏んで車を前に進ませようとしています。

ところが一方で、あなたは無意識にブレーキを思いっきり踏み込んでいます。

当然、車は前に進むことはありません。

ただ、本人はブレーキを踏んでいることに気づいていないので、こう思います。

「おかしいなぁ〜、アクセルを踏んでいるはずなのに・・・」

「前に進まないなら、今日は行くのをあきらめよう」

ブレーキを踏んでいることに気づかず、前に進まないことの疲れだけが残る。

心の中で起こっていることです。

そこまでして、あなたはなぜ変わることを拒み続けるのでしょうか?

「期待」するより先に「動く」そして「動きながら考える」

行動している人

自分から変わることを選ぶ人

彼ら彼女らに共通することがあります。

「まず自らが動いてみる」

期待とは、頭のなかで勝手に想像して

「自分には無理だから止めておこう」

「誰かが代わりにやってくれるのを待つしかない」

と思いこんでしまっている状態です。

自分の日常を変えている人たちは

「自分ができることは何だろう」

「失敗するかもしれないけど、まずはやって動いてみよう」

というふうに、動きながら「違う」と思う部分についてはその都度変えていく。

他人や自分以外のものに「期待」している暇などありません。

それは、自分の人生を他人に明け渡すことになってしまいます。

あなたが手に入れたいことは何か?

いつまでに何をしなければならないのか?

今できることは何か?

常に考え続けています。

これからの時代は、誰かや何かに「期待」すること自体がリスクです。

自分自身と大切な人を守るために、今できることは何かを考え抜く力が必要な時代になっています。

今、あなたにできることは何ですか?