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覚えているでしょうか?

失明、失語、意思疎通できず 20年以上支援なく孤立か 兵庫・三田監禁事件

兵庫県三田市で精神・知的障害のある長男(42)をおりに閉じ込めたとして兵庫県警が監禁容疑で父親(73)=同市=を逮捕してから、14日で1週間になった。父親は約25年前に長男の施設入所を求めて同市に相談したとするが、同市には当時、知的障害者の窓口しかなく、精神障害者の対応は県の業務だった。同市は対応記録の詳細を明らかにせず、県が支援した形跡もない。一家が行政の支援を受けられずに孤立した可能性もある。専門家らは現状でも同様の事態は起こりうるとして対策を呼び掛ける。

子どもを監禁して

20年以上も時を過ごす

ご両親は

どんな思いだったのでしょうか?

もちろん

父親のやったことは

許されることではありません。

子どもの未来を

不本意であるとはいえ

奪ってしまったことには

変わりはありません。

だから

償いをしなければいけないのは

当然のことです。

とはいえ

父親の抱えていた

「孤独感」

を思うと

単純に

犯してしまった罪を

責めることはできません。

助けてくれない絶望

報道では

約25年前に

父親が

市の相談窓口に

相談に行ったとされています。

ですが

当時の市の窓口は

身体障害に関する窓口しかなく

精神障害に関する窓口はなく

県の業務とされていたそうです。

これは想像ですが

市の窓口に相談したとき

「ここでは扱っていない」

あしらわれたことでしょう。

今も

縦割りであることに

変わりはありませんが

行政が

「サービス」であることの意識が

少しは高くなってきました。

しかし

少なくとも当時は

行政は

違う窓口があることを

知っていたとしても

自分の業務を増やしたくないので

教えてくれることは

なかったことでしょう。

市の窓口であしらわれ

相談できる場所も

教えてもらえず

どうしていいのか

分からなくなってしまった。

父親に残されたのは

声を上げても

助けてくれない

「絶望感」

だけだったことでしょう。

絶望感が恥になるとき

もしも

父親が誰かに

相談することを続けていれば

必ず助けてくれる人が

現れたことでしょう。

しかし

父親は

「お上」に見捨てられたと

思い込んでしまい

誰かに相談することを

あきらめてしまいました。

あきらめは

子どもを「恥」に

思う気持ちに変わっていきます。

障害を持つこともがいることを

知られたくない

子どもに障害を持たせてしまった

情けない親だと

思われたくない

その他にも

複雑な思いがあって

選んだのが

子どもを閉じ込めるという

ことだったのでしょう。

それを思うと

いたたまれない気持ちになります。

声を上げ続ける

現代では

ネット環境も整い

あらゆることに関して

調べることができる時代です。

たとえ

自分がコンピュータや

スマートフォンを扱えなくても

声を上げ続けていれば

助けてくれる人

手伝ってくれる人は

きっと現れます。

大切なのは

あきらめずに

声を上げ続けることです。

「わからない」

「できない」

「助けてほしい」

これを言うことは

とても抵抗があることでしょう。

しかし

弱さを認めること

弱さを受け入れることが

本当の「強さ」です。

かっこ悪いことでも

何でもありません。

一番大切なのは

あなたと

お子さんが

幸せになることです。