ネットの記事や書籍のタイトルって、確かに大切だと思います。

人に注目してもらうために、考えに考え抜かれて付けられていることでしょう。

でも、そうした「煽り」のタイトルを見るにつけ、私はこう思ってしまいます。

「自分がその方法論を使えるレベルに達していなければ無意味でしょ」

最高の方法があったとしても

例えば、プロ野球選手になりたい人に向かって

「全盛期のイチローと同じ実力が発揮できるバッティングの秘伝書」

なる書籍があったとします。

価格は数万円します。

でも、本当にプロ野球選手になりたいお子さんは勿論欲しがるでしょうし、お子さんをプロ野球選手にしたい親御さんは買ってあげたいと思うはずです。

ただし、よく考えてみてほしいのですが、超一流の技術を小学生が使いこなせるでしょうか?

おそらく、甲子園レベルの高校生であっても難しいことでしょう。

なぜなら、超一流の技術を実践で使えるようになるためには、それ相応の体力・技術・精神力が必要だからです。

当たり前ですよね。

全く基礎のできていない人が、超一流の技術論を知ったところで、何の役にもたちません。

まず、その人がすべきなのは、基礎を習得し、実践を重ねて、少なくともドラフトにかかる実力を身につけることではありませんか?

心の世界でも同じことが言えます。

あなた自身という「基礎」を見つめ直す

みんな「方法・やり方」ばかりを求めます。

「宇宙とつながって願いを叶える方法」

「天使の力を借りて幸せな人生に変えていく方法」

天使や神様の存在を、ここでとやかく言うつもりはありません。

個人的な信条の問題になってしまいますし、それを肯定しようが否定しようが、そこが本質ではないからです。

仮に、神様や天使が存在するとして、今、この瞬間、自分自身の心にさえ向き合うことをしていないあなたのお願い事を、彼らは聴いてくれるでしょうか?

こういうことを言うと

「毎日カードを引いて、メッセージを聞いています」

「◯◯によれば、今日は△△の日ですから、私はそれに従っています」

と言う人がいらっしゃいます。

それは、あなた自身と向き合うことでも何でもありません。

自分以外のものから与えられたことに盲目的に従っているだけで、あなたの「心の声」に全く耳を傾けていません。

別のカードを使おうが、別の理論を学ぼうが、同じことです。

もうそんなことは止めて、あなたの「心の声」に耳を傾けてあげませんか?