(※2018年4月3日更新)

先日は「依存」についてお話しました。

今回は、それとは真逆の状態

「自立」

についてお話します。

一般的に「自立」というと

こんなイメージがあるかもしれません。

「障がい者の自立を支援する」

「親元から巣立って一人暮らしをする」

もちろん

それも立派な自立です。

ただ

どちらかと言うと

経済的・距離的に離れる

という意味合いが強いことも確かです。

では

心について「自立」というときは

一体何を指しているのでしょうか?

振り子が元に戻らないなら「危険信号」

「依存」と「自立」は

例えて言うなら

柱時計の振り子のように

行ったり来たりするものです。

あるときは

誰かに無性に甘えたくなり

また別のときは

一切誰とも会わず

一人だけで過ごしたくなる。

この振り子は、決して止まることがありません。

誤解を怖れずに言えば

人の感情は

「依存的」か「自立的」かで

二分することができます。

「中立的」であるということは

振り子が止まっているということです。

柱時計の振り子を止めてしまえば

時間を刻まなくなるように

人の心も

振り子を止めてしまうことは

極めて難しいことです。

この振り子が

もし止まることがあるとすれば

あなたが意図して止めていることになります。

しかも

止まるのは

真ん中の一番下に来るところではありません。

柱時計であれば

一番止まりにくいはずの一番端っこで

人の心の振り子は

止まってしまうことがあります。

「これは私でなければ出来ないはずだ」

「自分さえ我慢していれば丸く収まる」

このように

「私でなければ・・・」

「私さえ・・・」

という思考に陥っているとき

あなたが「自立」に陥っている

危険信号であるということができます。

「自立」というと

「他者を信頼していない」

ことだと思うかもしれません。

もちろんそういう部分もあります。

でも、実は

矛盾しているように聞こえるかもしれませんが

そんな状況に陥っている自分自分のことを

一番信頼していないのです。

つまり

心の中では

酷く自分自身を責め続けています。

それでも世界は回っている

「自分が頑張らないと・・・」

「自分さえ我慢すれば・・・」

そう思ってしまうのも無理はありません。

今まで

自分が頑張ることで成功した

自分が我慢することで成功した

だから

今回もそれでうまくいくはずだ

と思うのも当然です。

でも、一度考えてみてください。

あなたにしかできないこととは

一体何なのでしょうか?

本当にそれは

あなたが我慢しなければいけないことですか?

もしかしたら

あなたの代わりにやってくれる人が

手を挙げてくれるかもしれません。

痛みを分かち合ってくれる人が

現れるかもしれません。

本当は

探せばすぐに見つかるはずなのに

自分でやらなければならないと思い込んだとき

探すことを選択肢から外してしまいました。

そんなことに心当たりはありませんか?

責任感が強いことは

とても素晴らしいことです。

物事をしっかり管理できる

そんな人がいるからこそ

全体のバランスや進行具合を

調整することもできます。

ただし

背負える以上のものを

背負う必要はありません。

これ以上無理だと思ったら

「私には無理です」

「誰か手伝って下さい」

「助けてください」

と言ってしまっていいのです。

手を差し伸べてくれる人は

意外に身近にいるものなのです。

もしかしたら

周りの人たちは

あなたが声を上げてくれるのを

待っているかもしれません。

あとは

あなたが飛び込んでいけばいいのです。