先日は「依存」についてお話しました。

今回は、それとは真逆の状態である「自立」について、お話してみたいと思います。

一般的に「自立」というと、こんなイメージがあるかもしれません。

「社会的弱者と言われる人たちが、普通に日常生活を送れるようになる」

「親元から巣立って、一人暮らしをするようになる」

では、心について「自立」というときは、一体どうなるのでしょうか?

振り子が元に戻らないなら「危険信号」

「依存」と「自立」は、柱時計の振り子のように行ったり来たりするものです。

あるときは、誰かに無性に甘えたくなり、また別のときは、一切誰とも会わず一人で過ごしたくなる。

この振り子は、決して止まることがありません。

誤解を恐れずに言えば、人の感情は「依存的」か「自立的」かで二分することができます。

「中立的」であるということは、極めて難しいことです。

この振り子が、もし止まることがあるとすれば、それは、あなたが止めていることになります。

しかも、一番止まりにくいはずの一番端っこで。

「これは私でなければ出来ないはずだ」

「私がやらなければ、他に誰もやる人がいない」

「自分さえ我慢していれば、周りを傷つけずに丸く収まる」

このように、「私でなければ・・・」「私さえ・・・」という思考に陥っているとき、あなたが「自立」に陥っている危険信号であるということができます。

一見、他者を信頼していないかのように思えるかもしれません。

もちろんそういう部分もあります。

でも、実は、矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、そんな状況に陥っている自分自分のことを一番信頼していないのです。

心の中では、酷く自分自身を責め続けています。

それでも世界は回っている

「自分が頑張らないと・・・」「自分さえ我慢すれば・・・」そう思ってしまうのも無理はありません。

でも、一度考えてみてください。

本当に「あなただけ」なのでしょうか?

上の例で言えば、あなたにしかできないことって、一体何なのでしょうか?

もしかしたら、代わりにやってくれる人がいるかもしれません。

本当は、探せばすぐに見つかるはずなのに、自分でやらなければならないと思い込んだとき、探すことを選択肢から外してしまいました。

そんなことに心当たりはありませんか?

責任感が強いことは、とても素晴らしいことです。

物事をしっかり管理することのできる人がいるからこそ、全体のバランスや進行具合を調整することもできるのですから。

ただし、背負える以上のものを背負う必要はありません。

手を差し伸べてくれる人は、意外に身近にいるものなのですから。