今、私は京都にいます。

京都といえば、言わずと知れた神社仏閣など歴史的建造物の宝庫です。

外国人も多く訪れる、日本文化の象徴のような土地です。

勿論、神社を訪れるつもりではいます。

ただ、それは、観光のためではなく自分自身と向き合うためのヒントを与えてくれる場所でなければ行く意味がありません。

ですから、観光地化されてしまった有名神社・仏閣は論外です。

勘違いしてほしくないのですが、観光地化された神社・仏閣を否定しているわけではありません。

私の目的には合わないというだけのことです。

非業の死を遂げた皇族を祀る御霊神社

相良親王をご存知でしょうか?

平安京に遷都した桓武天皇の実弟で、謀反の疑いをかけれて流刑となる最中に憤死した人物です。

その相良親王を祀った神社が、京都市の郊外にあります。

「崇導(崇道)神社」

京都駅から中央口を出て、目の前にあるバス乗り場、そのC3乗り場から「大原行(17番)」に乗り約1時間、「上橋(かんばし)」バス停から徒歩2分のところにある、ひっそりと佇む神社です。

崇導神社は、御霊神社であるとして一般の人からは倦厭されている神社だということができます。

「御霊神社」

つまり、その人物の祟りを慰撫するために建てられた神社だからです。

この「祟り」というイメージが先行してしまい、観光の対象ともなっていないようです。

しかし、鳥居をくぐった瞬間、そんなことはどうでもよくなりました。

都の東北(鬼門)を護るという重厚さ

拝殿に辿り着くまで、真っ直ぐな道に鳥居が3つ配されています。

参道はなだらかに上ってはいますが、急というわけではありません。

しかし、最初の鳥居をくぐった瞬間、足が重くなっていき、体の芯がギュッと締め付けられる感覚になりました。

「この感覚を【祟り】だと思うんだろうか?」

と思いながら歩いていきますが、そのときにふと思ったのです。

「非業の死を遂げた人物は、並外れて秀でていたからこそ目の敵にされた」

「自分では成し遂げられなかったことを、後世の私達に託したいのではないか?」

「本当に来てほしい人しか来てほしくないから【祟り】があるとされたのではないか?」

後世の私たちが先人の遺志に気づくのはいつか

京都という街は、先人が叡智を振り絞って考え抜いた末に作られた場所です。

今でこそ近代化して数多くのビルが立ち、交通網が整備されていますが、都市全体は先人が設計したものから大きく外れてはいません。

戦後、焼け跡となった土地を再建するにあたって従来の区画から完全に変えることも出来ました。

ヨーロッパのように幾何学的な形で都市計画をすることも出来ました。

なのに、私たちはそれをしなかった。

大きくは変更できなかった。

それはやはり、無意識に先人たちの遺志に背くことの重大さを分かっていたからではないでしょうか。

京都という街には、相良親王のように日本人として受け継いてほしい何かが眠っているようにしか、私には思えません。

それに私たち日本人全体が気づくのは、一体いつのことになるのでしょうか?