私たちが最も犯しやすい間違い、それは「当たり前」と決めつけ、思い込んでしまうことです。

何かを学ぶとき、私たちはまず「知識」を得ようとします。

「これは〇〇だから、この場合は▲▲になることが考えられ、結果として☆☆となるはずだ」

このような「方程式」を覚えようとします。

数学や物理なら、「方程式」を知っていることは重要になってくるでしょう。それを使わなかったら「解答」を導き出すことは不可能に近いと言えるのですから。

ところが、心について学ぶとき、この考え方はとても危険です。

頭を使っているうちは寄り添えない

確かに、相談者の心を「分析」することも重要です。

何が相談者の心に影響して思い込みという「観念」を作ってしまったのか、その観念が相談者の人生にどのように影響してしまったのか、それを知ることは縺れた糸を解きほぐすのに役立ちます。

ただし、それは入口にしかすぎません。

大切なのは、その観念に楔を打ち込んで、自ら気づけるように導くことです。

ここで分析的思考のままだと、相談者の「観念」を解説しようとしてしまいます。

「あなたは、あの時起こった〇〇を△△なことであると思って、その結果◆◆と思うようになってしまったのです。」

というように。

そのとき、こちらとしては客観的に事実のみを伝えているつもりでも、相談者にとっては自分のことを非難されているように聞こえることがあります。

なぜなら、こちらの「分析」は、相談者の認識の外にあって未だ受け入れることのできない事柄であるため、自分自身に対する「脅威」に映ってしまうからです。

これでは、相談者の自発的な考察と内省を導くことはできません。

相談者の心に寄り添うこととは程遠い状況といえるでしょう。

大切なのは相談者の「枠内」で言葉を使うこと

そして、分析をしてしまうとき、やりがちなのは相談者の理解しにくい言葉遣いをしてしまうことです。

分析という「知識」に頼っている分、自分自身の体験として出てくる言葉が少なくなっているために、相談者からすると「他人事」として聞こえてしまいます。

相談者が「自分自身のこと」として扱えません。

扱えないので、次第に相談をしていること自体が苦痛になってきます。

こうなってしまっては、それまでの時間でしてきたことが台無しです。

「知識」という一般論ではなく、まるで相談者の目線から見ているかのように、相談者の心を描写するように表現してあげることで、受け入れやすくなっていきます。

そのためには、こちら側が「自らの体験」として第三者に相談し乗り越えてきた経験が重要になってきます。

その経験のない知識だけのカウンセラー・セラピストは、返って相談者の「観念」を強化してしまう愚を犯してしまいます。

だからこそ、私は「自分自身と向き合ってきた経験」が大切になると、常に言い続けてきたのです。

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