今日は、船越英一郎さんの側からみて、「手放す」ことの重要さを考えてみたいと思います。

船越さんは、松居さんとは対照的に沈黙を保ち対応はすべて弁護士に任せているようです。

パラリーガルの経験のある私から見ても、当事者として当然の対応(おそらく弁護士からそう言われていることは想像に難くありません)です。

とはいえ、報道の内容が事実であるとすると、法的に対応しようと決めるまで少なくとも2.3年はかかっているようです。

なぜ、そこまで時間がかかってしまったのか。

不思議に思う方も多くいらっしゃることでしょう。

手放すことは想像以上に消耗し疲弊する

手放すということは、それまで関係性を無かったこととして扱うことを意味します。

私たちは、成長するにしたがって手放すことを否が応でも経験します。

想像しやすいのは進学・就職でしょうか。

それまで一緒に過ごしてきた友人たちと違う学校へ進み、一から人間関係を作っていかなければならないのは、最初に味わう大きなストレスです。

中には「それが楽しみだ」と思える人もいるかもしれませんが、それはごく少数と言えるでしょう。

では、離婚の場合はどうか。

私は法律事務所勤務時代に、何百件という離婚事件を扱ってきました。

離婚事件に限りませんが、裁判となったからにはその理由を明確に裁判官へ伝えなければなりません。

「事実」を裁判官へ主張するのです。

そのためには、あらゆるものを証拠として提出することになります。

時には興信所を使って、素行を調べることもあります。

ただし、そのためには多額の費用が掛かるので、一般の依頼者でそこまでする人はごく少数です。

大変なのは、裁判に掛かる弁護士費用だけではありません。

非常にストレスのかかる状況が数ヶ月、場合によっては数年かかることもあるので、依頼を受ける弁護士や事務方も依頼者との接し方にとても神経を使います。

つまり、それまで親密であればあるほど、その関係を断ち切るためには想像をはるかに超える労力が必要になるのです。

簡単に手放せたと思うほうが間違い

このように、現実に関係を断ち切るということの難しさを知っている私です。

だからこそ

「〇〇をすれば簡単に手放せます」

と言ってしまうセラピストやスピリチュアルな人たちの言うことには、首を傾げざるを得ないのです。

そんなに簡単に手放せるのならば、自殺者だって既に皆無になっているはずで、精神疾患になる人も少なくなっているはずです。

そんなに簡単に悩まないことができるならば、どんな人とでも関係性を作れるはずです。

でも、そういう人たちに限って、小さな世界に住み、互いに「素晴らしい」と言い合っているだけなんです。

そんな人たちを、私は何度も見てきました。

そろそろ認めるべきときです。

自分自身と向き合わなければ、手放すことなどできないと。