今日は

最近好きなマンガ

「3月のライオン」

を題材にしてお話します。

3月のライオンは

羽海野チカさん原作で

中学生で将棋のプロとなった

桐山零

を主人公にして

偶然知り合った川本家とのふれあいと

棋士のライバルや仲間との

友情などを扱っている

とてもハートフルな漫画です。

もちろん

アニメ化もされています。

普段は

ほとんどテレビを見ず

漫画やアニメなどについて

有名な作品以外は

ほとんど知らない私に

友人が紹介してくれました。

将棋といえば

最近は藤井聡太六段の話題が

席巻している将棋界ですが

3月のライオンは

将棋界への人気を

下支えしているのではないかと

私は思っています。

人気のある

「3月のライオン」ですが

友人が紹介してくれたのには

理由があったのです。

衝撃の大きさは影響する

主人公の桐山零は

幼い頃に両親を失い

父親の友人であった

プロ棋士幸田の元へ引き取られます。

将棋しか頼るもののなかった

主人公は

次第にのめり込み

幸田の子どもたちを

あっという間に抜き去ります。

子どもたちは

桐山への劣等感から

次第に将棋から離れ

家庭も冷え切っていきます。

自分という

「異物」

が入ったことで

家庭が崩壊してしまったのではないか

という気持ちになり

高校へ進学するとき

家から出て一人暮らしを始めます。

両親を失ったことで

自分自身をまるで

「根無し草」

のように感じてしまう。

以前

流行り言葉になった

「草食系」

とは異なる虚しさを

主人公は感じていたことでしょう。

両親がいないことで

「自分を受け入れてくれる場所はない」

と思っていたことは

容易に想像できます。

家庭の温かさを感じるべきときに

親戚縁者でもない

他人の家庭で育つ。

血のつながりはないのに

「お父さん」

「お母さん」

と呼ぶことになった

言葉にできない違和感。

自分がどれだけ

一家のためにと思ってしたことでも

思いが通じることはなく

逆に反発を呼んでしまう

どうしようもない悲しさ

これだけの出来事があれば

普通であれば

心を閉ざしてしまい

すべて「役割」から

「学生」という役割

「プロ棋士」という役割

で生きていったことでしょう。

周りに誰がいるかで変わる

ある夜

先輩棋士に無理やり飲まされ

道端に倒れ込んでしまった主人公

そこに偶然居合わせた

川本家の長女ゆかりに

介抱されたことがきっかけで

川本家との交流を

持つようになります。

ゆかり・ひなた・モモの

三姉妹と

祖父の相米二との

何気ない日常が

少しずつ主人公を変えていきます。

高校では

担任の林田先生が

時に友人のように

時に親や兄弟のように

主人公に接することで

学校生活にも

次第に溶け込み始めます。

主人公の桐山零が

幼い頃に両親を失ったにもかかわらず

プロ棋士として

一人の人間として

成長していけるのは

なぜだと思いますか?

もちろん

周りの人たちの影響力が

彼を変えていったのは当然です。

周りの人たちの

温かい支援がなければ

彼は

一人暮らしの

冷たい部屋と

誰も相手にしてくれない

冷たい教室と

張り詰めた空気の

対局室しか

知ることはありませんでした。

大切なのは

そうした周りからのサポートを

なぜ受けられたのか

ということです。

それは

主人公の桐山零が

「将棋」

という

人生をかけて追求したいものに

出会うことができ

努力を惜しまずに

前に進んできたからです。

捨てる神あれば拾う神あり

このことわざのとおり

自分を見捨てる人もいれば

自分を助けてくれる人もいます。

ただし

そこには

厳然としたルールがあります。

それは

「生きるために努力しているか」

「目標へ最大限努力しているか」

ということです。

神様がいたとしても

日々を無為に過ごし

ルーズに生きている人に

手を差し伸べてくれるでしょうか?

そんなことはあり得ません。

「本気で」

生きている人

何かに向けて努力している人

だからこそ

手は差し伸べられます。

3月のライオンの主人公

桐山零の場合は将棋でした。

あなたの場合は

一体何ですか?