(※2018年3月13日更新)

「自分のことを好きになろう」

「自分を愛そう」

と言う人が近年多くなっています。

それはそれで、悪いことではありません。

しかし、「好き」や「愛」は、そこまで強調する必要がありますか?

親が子に

男性が女性に(あるいは女性が男性に)

事あるごとに言葉で

「好きだよ」

「愛してるよ」

と言うのでしょうか?

「好き」とか「愛している」を声高に叫ぶ

その人は、実は自分のことを好きではありません。

自分のことを愛してもいません。

だからこそ叫ばなければなりません。

問題なのは、当の本人が気づいていないことです。

言葉で言う前に行動しているはず

本当にあなたのことを大切にしなければならないとき

例えば、連日仕事に追われて疲れ果てているとき、あなたならどうしますか?

「自分のことが好きだ」

「自分のことを愛している」

という前に、自分を休ませようとするのではありませんか?

言葉よりも行動が先になっているはずです。

疲れ果てていても頑張る。

自分に鞭打って頑張ろうとする。

頑張ることが自分と周りの大切な人を「愛すること」だと勘違いをしてしまっています。

本当に自分のことを好きな人

本当に自分のことを愛してる人

であるならば、言葉より前に自然と行動に移しています。

言葉を使って無理矢理自分を納得させようとする

これほど自分に無理をさせていることはありません。

似たようなものに「アファメーション」があります。

試みたことのある人が多いのではないでしょうか?

「アファメーション」とは自分自身に対する肯定的な宣言のことを言います。

ですが、アファメーションは使い方が間違っていることがほとんどです。

自分の心の状態を無視してアファメーションを言い続ける。

そして、さらに状態を悪くする人の何と多いことか。

弱さを認めてはじめて本当の強さに気づく

あなたには、このような思い込みはありませんか?

「弱いことは悪いことだ」

言い換えてみましょう。

「できないことは悪いことだ」

こちらのほうが思い当たるかもしれません。

「弱い」という状態には様々なものがあります。

「体が弱くて病気にかかりやすい」

「ここ一番というときに弱くて、なかなか本来の力が出せない」

「機械に弱くてパソコンやスマホを扱うのも一苦労」

などなど。

とはいえ、「弱い」とは一体何を指しているのでしょうか?

あなたは考えたことがありますか?

例えば「ここ一番に弱い」

言い換えれば「緊張しやすい」ということになるでしょう。

あなたが習い事を始めたばかりであったなら、緊張するのは当たり前です。

では、経験を積めば緊張しなくなるのかといえば、そうとも限りません。

百戦錬磨の経験を積んでいたプロ

傍目には緊張とは縁遠く見える人

たとえそう見えたとしても、緊張しない人間はいません。

「乗り越えれば変わる」

それまでの経験で分かるから緊張します。

つまり、「緊張しやすい」ということは、状況の変化に敏感であるということです。

状況の変化に敏感であることは、最も確実な道を見つける才能でもある、ということができます。

人の本能として、「緊張=身の危険」です。

そこを避けることは生き延びるための術です。

「緊張しやすい」という「弱さ」も自分の大切な一部

それを身に沁みて感じ腑に落としていなければ、才能に変えていくことは難しくなります。

あなたにとって、「弱さ」とは一体何ですか?