近年、「自分のことを好きになろう」「自分を愛そう」という人が多くなっています。

それはそれで、悪いことではありません。

しかし、問題は、より分かりにくいところにあります。

「好き」とか「愛している」を声高に叫んでいるのは、実は、全く自分のことを好きでもないし、愛してもいないということに、当の本人が気づいていないことです。

言葉で言う前に行動しているはず

本当にあなたのことを大切にしなければならないとき、例えば、連日仕事に追われて疲れ果てているとき、あなたならどうしますか?

「自分のことが好きだ」「自分のことを愛している」という前に、何とか自分を休ませようとするのではありませんか?

言葉よりも、行動が先になっているはずです。

そこまで疲れ果てていても、自分に鞭打って頑張ろうとする人は、頑張ることが自分と周りの大切な人を「愛すること」だと勘違いをしてしまっています。

これはこれで、別の手当てが必要ですが。

つまり、本当に自分のことを好きであり、愛してる人は、言葉で意識しなくとも自然と行動に移しています。

言葉を使って無理矢理自分を納得させようとすることほど、自分に無理をさせていることはありません。

似たようなものに「アファメーション」があります。

これも、試みたことのある人が多いのではないでしょうか?

「アファメーション」とは自分自身に対する肯定的な宣言のことを言いますが、これが無闇に使われていることで、さらに状態を悪くする人の何と多いことか。

弱さを認めてはじめて本当の強さに気づく

あなたには、このような思い込みはありませんか?

「弱いことは悪いことだ」

言い換えてみましょう。

「できないことは悪いことだ」

こちらのほうが思い当たるかもしれませんね。

「弱い」という状態には様々なものがあります。

「体が弱くて病気にかかりやすい」「ここ一番というときに弱くて、なかなか本来の力が出せない」「機械に弱くてパソコンやスマホを扱うのも一苦労」などなど。

とはいえ、心についていうとき、「弱い」とは一体何を指しているのか、あなたは考えたことがあるでしょうか?

例えば上の「ここ一番に弱い」、言い換えれば「緊張しやすい」ということになるでしょう。

あなたが習い事を始めたばかりであったなら、緊張するのは当たり前です。

では、経験を積めば緊張しなくなるのかといえば、そうとも限りません。

たとえ、百戦錬磨の経験を積んでいたとしても、口では「楽しみです」と言っていたとしても、緊張しない人間はいません。

そこを乗り越えることが、最も重要なことの一つであると分かっているから緊張します。

つまり、「緊張しやすい」ということは、状況の変化に敏感であるということです。

状況の変化に敏感であることは、最も確実な道を見つける才能でもある、ということができます。

人の本能として、「緊張=身の危険」であり、そこを避けることは生き延びるための術なのですから。

ただし、「緊張しやすい」という「弱さ」も自分の大切な一部であると、身に沁みて感じ腑に落としていなければ、才能に変えていくことは難しくなります。

あなたにとって、「弱さ」とは一体何ですか?