ドラマや映画、アニメなどで聴くことのあるセリフの一つに

「あのときは、そうするしかなかった」

というものがあります。

ただ、ドラマなどでそのセリフが出る状況というのは、主人公が絶体絶命の状況に追い込まれて、苦肉の策として選択しなければならないというものであるはずです。

現実的には、借金があまりにも多額になりすぎて返すことができないから、仕方なく自己破産の手続をするというところでしょうか。

いずれであったとしても

「そうするしかない」

という状況は、現代においては本当に限られた場面のことを指します。

私たちは意識していませんが、「そうするしかない」「仕方ない」という言葉を使いがちです。

でも、本当にそうなのでしょうか?

いい加減な選択の末路

先程、借金を例に上げましたが、自己破産する前に何もできることはなかったのか、考えてみましょう。

確かに、自己破産する直前では何もできることはなかったのかもしれません。

しかし、一夜にして多額の借金を背負ってしまうということはほとんどありません。

買い物、遊び、ギャンブルなど、何か行動するためにお金が必要であったからお金を借りたはずです。

しかも、買い物や遊び、ギャンブルは1回のことではなく、定期的に繰り返されていたことでしょう。

そう考えたとき、1回1回行動をするときに、何となく、いい加減にお金を借りるという選択をしてきたと言えるのではないでしょうか。

本当に必要だから、自分の幸せや成長のためだからお金を借りるのではなく、一時の快感のために、自己満足のためにお金を借りてしまう。

その「いい加減な選択」の結果が自己破産です。

お金を借りることが悪いのではありません。

いい加減な選択を繰り返し、それに気づいていないからこそ、最悪の結果を選択しなければならない状況に追い込まれます。

訂正できない選択はしない

そうはいっても、私たちは間違いをする生き物です。

常に正しい選択ができるわけではありません。

間違ってもいいのです。

間違ってもいいのですが、間違ったときに訂正できるものでなければ、1回の選択で最悪の結果を招くこともあります。

例えば、人の命。

病気にかかったとして、様々な治療法がある中で自分には何が合っているのか、自分はどのように治療したいのかを明確にすることは重要です。

ただ「お医者さんがいいと言ったから」ということで選んでしまっては、自らの命を危険に晒すことにもなりかねません。

医師を始めとする医療関係者も人です。ミスをしないことは考えられません。

であれば、自分が本当に正しいと思える選択ができるように、情報を集めることが大切になってきます。

自分で選択をするということは、場合によっては自分への責任を果たすことでもあることを忘れないでください。