電車の車内でこんな風景を見かけたことはありませんか。

「ママ〜、あれなーにー?」

「あれは【しんかんせん】だよ」

「ママ〜、ねえ、あれは〜?」

「ん〜?あれは【やまのてせん】だよ」

お母さんが小さいお子さんもの質問に答えている場面です。その場面を想像すると、とても微笑ましい光景のように思えますが、お子さんの行動にはちゃんと意味があります。

「知識欲が出てきたから質問しているんじゃないんですか?」

と思われるかもしれません。確かに、その側面もあります。赤ん坊のときよりも周囲が見えるようになり、自分の生活圏から一歩外へ出れば知らないことだらけです。

だからこそ質問が矢継ぎ早に出てくるのですが、それは一側面でしかありません。

本能で分かっていること

赤ん坊のときもそうですが、自分が幼いときは親の庇護がなければ生きていくことができません。それは人間だけではなく動物の世界でも同じことです。

動物の世界でも、子どもが自立して餌を取り家庭をもつことができる状態になったと判断するまで、親は外敵から必死になって子どもを守り育てます。

親が子どもから離れると、子どもが泣き叫ぶことがあります。

親が居なくなってしまうことへの怖れから、泣いているということももちろんあります。しかし、無意識の、ある意味本能と言っていい領域では違うことを示しています。

つまり、親が離れることによって自分の生存が脅かされる危険を察知しているからこそ、親に離れないよう促すために泣いているのです。

とはいえ、四六時中泣いているわけではありませんし、泣いていることもできません。成長して社会性を身につけるようになると、直感的に「泣いていい場面」とそうでない場面の区分けが出来るようになります。

泣くとおかしい場面に出てくるのが「質問」です。

自分の知らない誰かと親が話しているときであっても、自分が話しかけたとしたら、親は放っておくことができないことを幼いながらも直感的に分かっています。

だからこそ、何でもないことでも質問をすることによって親の自分に対する愛情を確かめて、自分の安全を確認したいという意識が働くことになります。

質問を無視することは避けるべき

本能として根底にある「生存に対する危機を避けたい」という意識を無視することは、極力避けるべきです。

表面的には単なる「質問」に見えるかもしれませんが、それは子どもなりに考えた愛情の確認方法でもあります。

それを無視してスマホを操作することに没頭したり、逆に質問してくることに対して怒ってしまうことは、子どもの「生存本能」を脅かすことになりうるということを認識してください。

最近ニュースで成人になった子どもが親を殺すなどの痛ましい事件が取り上げられています。

そうした事件の発生する根底には、親の愛情を感じられなかった幼少期の体験が積み重なっていることも、要因の一つであるといえるでしょう。

あなたのお子さんに対する態度を見直す、一つのきっかけにしていただければ幸いです。