あなたの周りにこんな人はいませんか?

約束の時間に必ず遅れてくる、それが一度や二度ではなくその人の【デフォルト】になっている

事前に待ち合わせの時間をちゃんと設定しているはずなのに、本人も了承していたはずなのに、なぜかその日になると遅れてやってきてしまう。

親しい間柄だからこそ

「しかたないなぁ~(^^;)」

で済むかもしれません。

しかし、仕事では決して遅れないのに、親しい間柄だからこそ遅れてしまうとしたら、そこには何かが隠れていると考えるほうが自然です。

本人は「いろいろ準備していたら時間が経ってしまった」と言うかもしれませんが、準備なら前日にできることもたくさんあるはずです。

にもかかわらず、当日になってやろうとして、結果遅れてしまうという状況になっている。

そこに潜んでいる重要なことに気づくことは難しいものです。

親しい間柄だからこそ?

先程ちらっと言いましたが、仕事の会議や重要なイベントには決して遅れることが無くても、親しい友人との約束には必ず遅れてしまう。

普通に考えたら

「親しい友人との時間を無駄にしないためにも、時間は守る」

「仕事に遅れないことは社会人として当然なのだから、時間は守る」

場面の違う話ですが、どちらも時間を守ることには変わらないはずです。

「親しい間柄だからこそ時間に遅れてしまう」

確かに、親しいからこそできる「甘え」であると言えるかもしれません。

ところが、話はそんなに単純ではありません。

いかなる理由があるとはいえ、約束の時間を守らないということは、その時間に間に合わないことによって親しい人たちに心配をかけます。

「また、遅くなるのはわかっているけど、何かあったわけじゃないよね」

友人たちは、その人が遅刻の「常習犯」であることが分かっていても、万が一の場合を考えます。

見方を変えれば、自分が遅れることで友人たちの感情をコントロールしているとも言えます。

本来であれば、自分の能力や魅力によって周りの人たちに影響力を及ぼしていくことが大切です。

しかし、「自分が遅れる」ということによって、自分に注目を集め、周囲を自分の思うようにコントロールしようとしていることになります。

もちろん、やっている本人にその自覚はありません。

そして、遅れてやってきたときに友人たちはこう言うのです。

「わかってはいるけどね・・・何もなくてよかったよ」

遅れることで得られるもの

では、本人は急いでいるつもりでも、なぜ時間に間に合わないのか?

もしかしたら、幼い頃、ずっと母親からこのように言われていたのかもしれません。

「早く準備しないと学校に遅れるわよ!遅れることになっても母さんは送ってあげないからね!!」

あるいは

「私が準備してあげないと何もできない子なんだから!」

と自分のすることの全てに介入されていたのかもしれません。

そんな時、本人にできることは「時間に遅れる」という【抵抗】しかなかったのでしょう。

母親に過度の介入に対する精一杯の対抗、親に依存しないと生活できない幼い時期にできる本当に精一杯のことです。

でも時間は流れました。

あの時と同じ子どもではありません。

社会に出て仕事を持ち、友人たちと過ごす有意義な時間も持てる一人の大人です。

いつまでも幼い頃の「やり方」を繰り返す必要はありません。むしろその癖を繰り返すことによって、人間関係を悪くする可能性が高くなるというリスクが大きくなっていきます。

「時間に遅れる」

これはほんの一例です。

自分が無意識にしてしまっている行動の「癖」は、幼い頃に繰り返してきた行動の延長線であることがあります。

では、行動を変えればいいのかというと、それでは十分ではありません。

何気ないことであっても、それが過去の追体験に基づいて繰り返されているということに気づかなければ、何も変わりません。

何気ないことだからこそ、あなた自身のことを見つめ直すことが重要になります。