セルフ・セラピー・カード、23番目のカードは「シャドウ」です。

日本語でいえば、そのまま「影」ということになりますが、多くの人は、「影」というと自分の嫌いな部分のことを指すと思っています。

いわゆるスピリチュアル系の人は

「自分の嫌いなところも好きになりましょう」

「影は見る必要などありません」

なんていう無責任なことを言います。

しかし、私ははっきり申し上げます。

光は、影ができてはじめて光であると認識できるように、人の心も、影を見てこそはじめて自らの光となる部分に気づくことができます。

だから「影をこそ見るべき」なのです。

「影」とは一体何を指すのか?

先程、私は申し上げました。

「『影』とは、自分の嫌いな部分のことを一般的には言います」ということを。

大切なのは、「なぜ自分のことを嫌いになったのか」ということで、そこが分かってはじめて「嫌い」の説明がつくのですが、そこを指摘する人はほとんどいません。

人の感情は幾重にも折り重なっているため、表面的な「嫌い」という感情だけを見ていたら何もわかりません。

私たちが「嫌い」というときは、無意識に「〇〇だから」という部分を省いて言ってしまいます。

これは、主語や述語が無くても通じてしまうという日本語の曖昧さから来ていることですが、必ずある特定の時期や場面のことを思い出して言っています。

その時の自分を「〇〇だから」という理由づけにして、今「嫌い」と言っているのです。

つまり、「影」とは、過去に置き忘れてしまった「あの時」の自分自身のことを指しています。

置き忘れてきたものを取り戻す

私たちは、自分にとって最低な出来事が起こったとき、その瞬間の表面的な、一番認識しやすい感情だけを取り上げて記憶に刻み付けてしまいます。

「こんなみじめな自分」

「大切な時に打ち勝てなかった自分」

そうして「あなた自身を悪者にすること」で、自分自身を納得させようとしたことでしょう。

しかし、本当にそう思っていたのでしょうか?

あのとき、何を犠牲にしてでも叶えたいことがあったのではないですか?

たとえ叶わないとしても、「こうありたい」という強い思いがあったのではありませんか?

その思いを全部否定してまで「あなた自身を悪者にすること」を選んでしまった。

とても苦しかったことでしょう。

もうそれを取り戻す時が来ています。

だから「影」をこそ見つめ直すことが大切

その隠れていた強い思いは、「光」を見ていただけでは気づくことはできません。

なぜなら、その「本当の願い」は心の奥底に隠れているため、「光」を当てただけでは見ることはできないからです。

外側からいくら「光」を当てたところで、そんな弱いちっぽけな光では照らすことはできません。

太陽があんなに輝いているのは、核融合反応により内側から計り知れない熱量と光を発しているからです。

人の心も、内側でくすぶっていた「本当の願い」に自ずと火が付くからこそ、輝きを放ち始めます。

そのためには「影」の中に一度入らなければなりません。

そこにしか「本当の願い」という光の種はないのですから。