セルフ・セラピー・カード、3番目のカードは「罪悪感」です。

「罪悪感」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

辞書を引くと

「罪をおかした、悪いことをしたと思う気持ち。」

というように出てきます。「『罪』を犯す」というのは、簡潔に言えば、法律を破って刑務所に入って償いをしなければならないような行為をしたことを言います。

では

「『悪いこと』をする」って一体何なのでしょうか?

「悪いこと」の概念は、人によってまちまちです。親に自分の希望を伝えることでさえ「悪いこと」と思い込んでいる人もいれば、どんな酷い犯罪を行っても世の中のためなんだから「悪いこと」であるはずがない、と思い込んE3いる人もいます。

大切なのは、あなたにとっての「罪悪」とは何なのかをしっかり定義できているのか、ということです。

そこを定めずに「罪悪感」という言葉で一括りにしてしまうと、無意識にあなたの行動を制限する足枷になってしまうかもしれません。

罪悪感の構図を理解する

では、「罪悪感」というものがどのようにして生まれるのかを説明していきます。

例えば、長い付き合いの親友に対して、あることで言い争いになり、その時にあなたは、自分でも思いもしなかった言葉で親友を傷つけ%Eしまい、それから数年間互いに連絡を取り合っていなかったとします。

自分が苦しい時に、嫌な顔一つせず夜遅くまで話を聞いてくれた大切な親友なのに、一時的な感情の高ぶりを抑えられずに傷つけることを言ってしまった。後になってあなたは

「申し訳ないことをしてしまった」

と後悔し、自分が親友に対して悪いことをしてしまったと反省します。

「自分の言動 = 悪い結果を起こした行為(悪いこと)」

という認識はしています。大切なのはここからです。自分のした「悪いこと」をどのように扱うのかについて、その後の行動が分かれていきます。

◯親友に対して「ごめんなさい」と謝罪する

これができれば「罪悪感」を引き摺ることなく、すぐに前を向いて進むことができるでしょう。

ただし、この「素直に謝る」ということがなかなかできません。誤ってしまえばその場で済むことのはずなのに、それを邪魔しているものがあります。

その正体は「正しさ」です。

年齢に関係なく、人は「自分が正しい」という思いを少なからず持っています。これを時に「プライド」と呼ぶことがあります。この「正しさ」は実に厄介な存在です。この「正しさ」にこだわるあまり

◯何もしないまま、事態を結果として放置する

という状態に陥ってしまいます。この膠着した時間が長く続けば続くほど、次第に重くのしかかってきます。

そのうち連絡を取り合わない状況になり、心にしこりを残したまま時間だけが過ぎていき、その「罪悪感」があなたの人生に影響を及ぼし始めます。つまり

「悪いことをした自分 = 罰せられるべき存在だ」

と無意識に思うようになり、あらゆる形で自分で自分を罰し続けます。

本当にやりたいことがあっても、何らかの理由をつけて諦めます。自分の意見が相手のためになることがわかっていても、自分の意見に自信が持てず口をつぐんでしまうようになります。

それが「罪悪感」です。

罪悪感と向き合うためには

罪悪感を抜け出す最初の一歩、人によっては「半歩」の場合もありますが、抜け出すためにまずあなたがすることは

「罪悪感を感じている自分に対する判断をしない」

ということです。

「判断」とは、わかりやすく言えば「善悪」「正誤」「損得」などという二極対立で物事を見ることを言います。

はっきり言って仕舞えば、「罪悪感」などの「ネガティブな感情」を消すことはできません。それは、ブッダやイエス・キリストでも同じです。日常生活の中で何らかの「ミス」をすることは誰にでも起こります。

大切なのは、「ミス」をした時に、自分自身がどのようにその「ミス」を捉えているかです。

あなたが苦しむのは、その「ミス」を「悪いことだ」「間違ったことだ」と判断して、自分を責める材料にし続けていることです。

最初は、あなた自身の言動に対して「判断」をしていたのが、いつの間にかあなた自身の存在そのものについて「判断」するようになってしまいます。

そこから抜け出すために大切なことは、「『すべて』を経験するために生きている」という捉え方です。

誰も生きているうちに「いいことだけ」「悪いことだけ」を経験するのではありません。どんなに悲惨な生活をしている人でも、全く「いいこと」がないわけではありません。

すべては「経験」です。

「罪悪感」も含めて。

「判断」を手放しましょう。