セルフ・セラピー・カード、6番目のカードは「観念」です。

私たちには「これはこうだ」と思い込んでいることが数多くあります。

いわゆる「固定観念」というものです。

しかし、後になってみると全く違うことだった、ということも数多くあります。歴史を振り返ってみると、あの時代はこれが正しいと思われていたのに、後の時代になって全くの誤りであることが判明した、ということは枚挙に暇がありません。

社会全体がそう思い込んでも仕方のない時代だったということはあるでしょう。納得出来ないわけではありません。

しかし、個人においては話が変わってきます。

厳密に言えば、社会全体の思い込みは「固定観念」ということもできますが、個人に関して言えば「固定観念」と言えるかは極めて曖昧なものになってしまいます。

そうした「観念」についてのお話です。

観念に縛られるから「自分探し」をしたくなる

私たちは、たとえ曖昧なイメージ的なものであったとしても、「これが私である」という「観念」を持っています。

あなたにも、「私ってこんな人なんだよね」という、何となく漠然とした「自分像」というものがあることでしょう。

当然私にも、そうした「自分像」があります。

「自分像」に納得できる状況にいる場合は精神的にも安定していると言えます。

ところが、今いる状況に違和感を感じ、「自分像」に疑いを持ち始め、納得できなくなった途端に始めるのが、いわゆる「自分探し」です。

あなたの周りにもいませんか?

周りの人達の言動に納得できず、かといって社会に反抗するまでの気力はない、となると、できることは社会から一定の距離を置いて、自分が「定住」できる場所を探すことしかない、そう思っている人たちが、一時期日本にもあふれました。

現代でも、周りから求められる「自分像」を演じて生きることはもうしたくない、「自分像」をもっと明確にして自信を持ちたいと言って、多くの人が心理系のセミナーやワークショップに足を運んでいます。

しかし、現実はどうでしょうか。

本来は、周りから押し付けられた「自分像」を打ち破りたいと思って、セミナーやワークショップに参加したはずです。

今の「自分像」を壊して自分に自信を持てるようになりたいと思って、セミナーやワークショップに参加したはずです。

ですが、それまでの「自分像」を捨てた代わりに、今度は自分で「理想の自分」という曖昧な自分像を設定してしまい、それが得られないと苦しみ始めます。そんな堂々巡りを続けていることに気づいていません。

「観念」に囚われないために

誰もが、「これが私だ」というものを求めています。

それは、はっきりしないものをはっきりさせて自分自身を安心させたいという、不安定さを嫌う人間の性(さが)ともいうべきものです。

しかし、この世界の本質については、すでに我々の先人が言葉の端々に言い残しています。

「盛者必衰」「諸行無常」「千変万化」

そうです。

この世の全ては、必ず変化していき一瞬前と同じものなどこの世には存在しません。変化して当たり前、変化することがすなわち安定だとういうことができます。

人の体の中で、細胞が日々死滅して新たな細胞が生まれてくるように、その瞬間瞬間に変化するのが人間です。

「これが私だ」と定義づけしたところで、明日には全く違う環境に放り出され、その定義が全く通用しない事態が起こりうるのです。

とはいえ、そんな事態になったとしても、「これが私だ」という観念を手放すことができないのも私たち人間です。

「観念」に囚われないために大切なのは、まず、何事も「変わる」という事実を受け入れることです。

 

毎日の空模様が、ひとつとして同じことがないように、私たち人間の心の中も常に変わっていることを受け入れてはじめて、固定された「観念」に気づくことができます。

「変わらない毎日が続いてほしい」

そうした錯覚を捨てることができたとき、自分だけでなく、周りの人がどのような「観念」で動いているのかが見えるようになります。

そこからが、本当のスタートです。