(2018年5月15日更新)

私がクライアントだったころ、カウンセラーからこんなことを言われたことがあります。

「目を閉じて、相手が目の前にいることをイメージしてください」

おそらく心理カウンセリングに限らず、多くの面談・セッションで行われていることではないでしょうか。

有名なのは、ゲシュタルト療法の「エンプティ・チェア」です。日本語としては「空椅子の技法」とも呼ばれます。

当時、私もその言葉に従ってやってみました。

でも、イメージはあくまでもイメージです。

カウンセリングをしているからといって、すぐに相手に対する言葉が出てくるものではありません。

無理矢理言葉にして出してみたところで、自分の思いをすべて表現できるわけでもなく、もやもやしたことを記憶しています。

確かに、「想像する」ことは私たち人間の、他の動物にはない能力の一つではあります。

とはいえ、最終的に理解するために、私たちは他の動物にはないもう一つの能力を使わなければなりません。

言葉で表現することの難しさ

私たちはよく「自分のことは自分が一番よく知って言る」と表現することがあります。

しかし、それは本当でしょうか?

例えば、東大を目指している現役高校生がいるとして、有名学習塾に通っているとします。

その高校生は抜群に成績がいいのですが、学習塾の講師と決定的な違いがあります。

それは一体何だと思いますか?

当然と言えば当然のことですが、高校生は勉強の成績は優秀なものの「自分以外の人にわかりやすく教えること」ができません。

自分だけが理解すればいいのなら、その過程の説明の仕方など考える必要はないからです。

ところが、自分以外の誰か、しかも自分より理解力が十分ではない人に対して分かりやすく説明するためには、その「表現」を工夫しなければなりません。

工夫するためには、説明する事柄についてしっかりと理解していること、質問に即座に答えられるくらいの理解が必要です。

翻って、あなたは自分の思いを100%言葉にして表現できますか?

例えば、講演で聴衆を魅了できる講演家は、たった一度の講演で人を惹きつける言葉の選び方や話し方を身に着けたわけではありません。

何度も失敗を繰り返しながら、自分なりのやり方を見つけています。

まして、自分自身の心の声を言葉にしようとするとき、もっと時間がかかっても不思議ではないと思いませんか?

言葉にすることの重要さ

私がセルフセラピー・カウンセリングで「こころの見取図」を作成するのには理由があります。

話す言葉は、意識して捕まえようとしない限り流れて消えてしまう、この上なく淡い存在です。

私たちは、大切な人に言葉を伝えることでさえ躊躇してしまうのに、カウンセリングという非日常の場で100%自分の思いの意味するところを伝えることは、一朝一夕にはできないことです。

だからこそ、言葉の端々を捕まえておくことにより、後で振り返ることが重要になってきます。

自分自身の言葉を客観的に見ることで、カウンセリングの場では感情的になっていた自分を冷静に・真摯に受け止めることができるようになります。

イメージの中で伝えても、決して相手に届くことはありません。

それは単なる予行演習であって、いくらイメージを相手に練習したところであなたの心の中は何も変わりません。

それよりも、たとえ一言だけでも相手に自分の言葉で伝えてみることのほうが何万倍も意味のあることです。

そのためにこそ「言葉」はあるのです。

ただ、相手に伝わる言葉は一朝一夕に出てくるものではありません。

あなたが自分自身の心と向き合い、言葉として自分の外側に出すことを繰り返してはじめて、あなたの納得する言葉が出てきます。

だからこそ、私は自分自身の心と向き合うことの大切さを伝え続けているのです。