先日、小林麻央さんの訃報から考える記事を書きました。

サインは、常に私たちの前に現れていると。

そして、今度はこんな記事を見つけてしまいました。

標準治療を遅らせた? 海老蔵“スピリチュアル信仰”の是非

誤解していただきたくないのですが、私はスピリチュアルなものの見方・考え方は一つの視点としてとても有益だと思っています。

市川海老蔵さんが、本当にスピリチュアルに嵌ってしまったのか、それはご本人でなければ分かりません。

私たちにできることは推測することだけです。

ただ、もしも記事に書かれていることが事実だとしたら、そう仮定して考えることはとても大切だと思います。

すべてスピリチュアル的に解決できるというのは「驕り」

体の自然治癒力で対応できるものには限界があります。

東洋医学でいう「未病」の状態であれば、人間が本来持っている自然治癒力を高めることで、体の状態を回復することは十分可能です。

そこに、精神的な要素をプラスすることで後押しすることも可能でしょう。

心の状態でも同じことが言えます。

本当に精神疾患となってしまった場合は、しかるべき医療機関に通うなり入院して治療を受けるなりして、医学的な対応をすることは必要です。

しかし、スピリチュアルに嵌ってしまった人が陥りがちなのは、西洋医学を信頼しようとしないことです。

もちろん、人のすることに完全はありませんから、西洋医学の治療を施しても完治しないということは十分あり得ます。

だからといって、「癒されればすべてが解決する」などということは、現実との境界線を見失っているとしか言い様がありません。

地に足をつけることの大切さ

現実的な視点を失うことは「地に足がつかない」ことであり、その状態がいかに危ういことであるか、冒頭の記事に如実に表れています。

しこりが発見されてから1年4ヶ月もの期間、民間療法やスピリチュアルに頼っていたとするならば、それはあまりにも命を軽んじたことであると言わざるを得ません。

再度申し上げますが、冒頭でご紹介した記事が事実だと仮定した場合です。

「体を切り刻んでまで、命を繋ぎたくない」

「女性として体に傷をつけることはしたくない」

そんな心理が働いたのかもしれませんが、だからといって、それが民間療法やスピリチュアルに頼るための理由にはなりません。

ですが、スピリチュアルに嵌ってしまった人は、このような思考になってしまう傾向があることもまた事実です。

健康を願う、そのために心理的に安定した状態にあることはもちろん大事です。

ただ、命を繋ぐためには、あらゆるものの力を借りることはとても重要になってきます。

だからこそ、地に足をつけて、多様なものの見方をできるようにしておくことが大切なのです