先日もお伝えした、船越英一郎さんと松居一代さんの離婚騒動ですが、意外な展開になっているようです。

松居さんは、身を隠して動画投稿の「チーム」を組んでご自分の主張をされているようです。

私は、個人的には何ら関心を持っていませんが、彼女の動向に反応されている芸能人の方があまりにも多いため驚いています。

そんな芸能人の方々を見ていると、こう思ってしまいます。

「無関心でいればいいのに」

「周囲が反応することこそが、彼女の狙いの一つで、その狙いに見事に嵌ってしまったな」

好きも嫌いもベクトルが違うだけ

私たちは「【好き】の反対は【嫌い】」と教わってきました。

おそらく、国語辞典にもそう書いてあることでしょう。

しかし、実際に人が感じていることは全く異なります。

心について興味のある方は知っていることかもしれませんが、たとえ【嫌い」と思っていたとしても、心の中にその人の存在があることは事実です。

「嫌いな人のことなんて考えただけで寒気がする」

こんな言葉を使っている時点で、心の中はその嫌いな人に対する思いで占領されています。

そこまで【嫌い】な人に対してエネルギーを使っているにもかかわらず、本当に【嫌い】だと言えるのでしょうか。

感情的な面ではなく、エネルギーの使い方としてと言えばお分かりいただけるかもしれません。

エネルギーの使い方としてみれば、【好き】も【嫌い】もベクトルが違うだけで全く変わるところがないのです。

「好き・嫌い」の反対は【無関心】

例えば、今までお付き合いしていた男女が別れる、夫婦で合った男女が離婚するときを考えてみてください。

互いに納得しての別れであれ、ドロドロの修羅場を経た後での別れであれ、本当の意味で互いの存在を「手放す」ことができていれば、【無関心】になっているはずです。

そういった意味では「手放す=無関心」と言えるかもしれません。

「無関心」というと、とても冷めた言い方に聞こえるかもしれませんが、感情的にもニュートラルに近い状態であるともいえます。

つまり、別れた相手に対して何らエネルギーを使っていない、言い換えれば、自分が本当に関心のあることに対して十分エネルギーを使える状態にあります。

しかし、良い思い出であれ、悪い思い出であれ、以前の相手について思いを巡らしているとき、「無関心」ではありません。

あなたは、今この瞬間に「過去の出来事」を持ち出して、再び体験することを選んでいることになります。

そのとき、あなたの「今この瞬間」は御座なりにされたままです。

御座なりにしていることを認められなければ、前に進むことは難しくなってしまいます。

そろそろ、「無関心」になるべき時が来ているのかもしれません。