バイオリンを弾くようになってから4年以上が経ち、発表会の舞台にも立たせてもらいました。

練習する時間がなかなか確保できない中でも、弾いている瞬間は頭の中を空っぽに出来るとても貴重な時間です。

バイオリンを弾くこと、他のことでもそうかもしれませんが、自分自身と向き合うことに似ているなと思わずにはいられません。

なぜなら、バイオリンと人の心には共通点があるからです。

緩み過ぎても、きつくし過ぎても良い音は出ない

バイオリンには4本の弦が張られています。

この弦の張り具合で音階を調節するのですが、まだ張りたて弦は元に戻ろうとする力が強いので、こまめに調弦してあげることが必要です。

私は、レッスンをしてくれる先生のように絶対音感はないので、自分で調弦しようとすると、どうしても半音高かったり低かったりしてしまいます。

最近弦を張り替えたばかりのなので、その傾向が顕著に出ています。

それで、張り替えたばかりの弦を調弦しているときに、ふと思ったのです。

「バイオリンの弦は、人の心と似ているな」

バイオリンは、些細な衝撃を与えただけでも音が外れることがあります。

例えば、相手のことを思って言った言葉、あるいは相手のことを誉め称える言葉を、あなたが言ってあげたとします。

あなたにしてみれば、相手に気づいてほしくて投げかけた言葉であり、相手のことを素晴らしいと認めて自然に出た言葉かもしれません。

でも、たとえ、あなたが相手にとってプラスになると思っていたとしても、実際に相手にとってはそうだとは限りません。

その言葉が、相手の心に影を落とすことになる場合もあります。

バイオリンの音が少しずつ外れてしまうように、その影は、相手の言動に影響を与え始めてしまうのです。

心の「調弦」は一人でするには難しいときもある

バイオリンの調弦は一人でもすることはできます。

現代ではスマホのアプリもあって、完璧ではないにしてもかなりの精度でチューニングできます。

でも、人の心はそうはいきません。

一人でじっくり向き合う時間ももちろん必要です。

常に何らかの情報に曝されている私たちの日常を考えると、そうした外部からの情報を一切断って自分自身と向き合うことは大切です。

ただし、何事も一人でやろうとすると、必ず「歪み」が生じてきます。いわゆる「独りよがり」というものです。

独りよがりになってしまうと、周囲の言葉を聞き入れる余裕がなくなってしまいます。

自分の考えが誤っていたと認めることは、自分自身を否定することと同じであると思い込んでしまうからです。

そうした自立的な在り方が、あなたをさらに追い込んでいきます。

そうならない前に、「調弦」をお願いすることが大切になってくるのです。