今日も密かに(?)「こころぐせ発見処やなぎ屋」を開催してまいりました。

今日で2回目になりますが、開催してみると開催することがデフォルトになり始めていて、とても不思議な感じがします。

来てくださるお客様にとって、なるべく短い時間で、多くの「気づき」を持って帰っていただくようにするにはどうしたらいいのか、前回からそれだけを考えていました。

まだ2回目ということもあり、今回もというか、お客様が来なくても、それはそれで自分を見つめ直す時間にできるかなという気持ちで、時間を過ごしていました。

すると、今回は、お一人ですがお客様に来ていただくことができました。

誰であるかは、わかる方にはわかるかもしれませんが・・・

こちらも勉強させていただくことばかりです

入退室自由ということもあり、お客様の都合で、今日は約1時間少々の面談となりました。

「話す」ということは、その人が普段気づいていても通り過ぎてしまっていること、何かしないといけないと思っているのに行動できないことを、自分ではっきり認識できるよう明確にさせてくれます。

つまり、話すからこそ、その場で気づけることがあるのです。

そうして、話すことで気づきを得ていくお客様を見ていると、こちらも勉強させていただいているのだと感謝しか湧いてきません。

お客様の言葉の端をすくい上げて、隠れている感情を言葉にしてあげることで、気づけなかったことに気づけるようになる、気づいていても目を背けようとしていたことに気づく、そうした小さいことの積み上げが大切です。

その小さな積み上げのスピードを上げるために、私は「こころぐせ発見処やなぎ屋」を開催しています。

当たり前になりすぎると抜け出せなくなる

以前にも書いたかもしれませんが、私たちには「これが私だ」と自分が思っている「枠」が存在します。その「枠」を「役割」と呼びます。

男性だったら、男・息子・夫・父親・兄・弟・・・女性だったら、女・娘・妻・母親・姉・妹・・・共通するところでは、上司・部下・友人・親戚・・・医師・看護師・先生・・・数多くの役割があります。

私たちは、瞬間瞬間で「役割」という「枠」に自分を当てはめて、生活を送っています。

しかし、あまりに特定の役割を使う時間が長くなってしまうと、その枠を外すことが難しくなることがあります。

問題と感じることが起こるのは、その時です。

あなたの思考や感情が特定の役割に縛られてしまい、自分自身のことを客観的に見ることができない状態になっています。

その時に大切なのは、役割という「枠」を意識して外すことです。

いきなりすべてを外すことは無理でも、10分、15分なら日常でも意識してやり易くなります。

ただし、その時に必ず起こってくる感情があります。「怖れ」と「恥ずかしさ」です。

これまでしたことがないことをしたら、どう変わってしまうんだろうという「怖れ」、それをすることで、自分以外の人は自分をどう見るのだろうかという「恥ずかしさ」

この2つが湧き上がってきた時には、あなた自身にこう問いかけてください。

「私は、目の前の大切な人との関係をもっと良くすることを選びたいのか、それとも、見ているのかもわからない誰かの目を気にして関係を台無しにしたいのだろうか。」

 

次回の開催は7月30日、12:00〜14:00です。